ナミダ列車
しょうがない…。
しばらく放置しておくか…。
なんて思っている私はいつの間にかこの変な男の存在に慣れてしまったらしい。
住宅街を抜け、一面の田んぼ風景を眺める。
隣駅である"栃木駅"に到着すると、チラホラと降車する人の姿があり、階段を降りてゆくその姿を私はただぼんやりと見ていた。
プシュー…、扉が閉まる。
再び動き出す電車。
ただ運ばれているだけのように見えて、この乗り物は確実に"何か"に導いている。
線路の先に何があるのだろう。分からない世界。見知らぬ経験をすること。それが旅なのだと思う。
「ねえ、なんで日光なの?」
「え?」
「だって、若者がぶらり遊びに行くっていうなら東京方面もアリじゃない?」
すると、観光マップから顔を上げたハルナさんは素朴な疑問をぶつけてくる。
確かに、栃木県を通る東武日光線は、下りは東武日光方面に、上りは東京方面へ向かう路線だ。
だって、浅草~東武日光間などを走る快速電車があるくらいだもん。東京なんてスイスイのスーイだ。
特急料金不要の列車のなかでは、停車駅がもっとも少ないことで有名だし。
あんなに遠いと思っていた東京へもすぐ出られるのに、何故こんな若者がわざわざ下るのか、って。
要はそういうことで。
「単純に好きだから、ですよ」
「へえ。好きなんだ、日光」
「はい。無性に惹かれるというか…ほら、栃木の観光名所だし、神秘的で。嫌いな人はいないんじゃないですか?」
「どういうところが好きなの?」
「………ていうか、なんでそこまであなたに教えなきゃなんないんですか」
ハルナさんの瞳はまっすぐ私に向けられている。
しばらくしてから「ケチー」と唇を尖らせたけれど、私はさっきから薄々と気づいていた。
ヘラヘラしてそうに思えるが、案外ハルナさんは私のことをちゃんと見ている。
観光マップをやっと返してくれた。