ナミダ列車
栃木県栃木市は、県南に位置している。
東京、埼玉、少しだけ群馬を跨いで栃木を通る東武日光線。
その停車駅の一つである新大平下駅から三駅上ると、もうそこは群馬県だ。
市自体は大したことない田舎なんだけど、主要都市への行き来がしやすいという点で唯一優れていると思う。
カンカンカンカン…。
コンクリートに囲まれた、年季を感じる小さな駅構内。
それは、2014年6月7日のこと。
近くで踏切の警報音が鳴り始めたのを耳にした私──早乙女(そうとめ)いろはは、その時、下り線のホームに立っていた。
胸元まで伸びた黒い髪がゆらりゆらりと風に乗る。
開いていた手帳から視線を上げ、今から乗る予定の電車が近づいてくるのを目視した。
"東武日光行き"。
目の前で電車が停車する。
よく目にしているお馴染みのボディは、不思議な存在感を誇り、どこか懐かしさをも感じさせた。
新大平下駅から終点の東武日光駅までの15駅。
────1時間5分で結ぶ"普通"電車。
プシュー…扉が開く音が聞こえてきた。
ぞろぞろと電車から降りてくるのは、明らかに日本人ではない人種の方々。
こんなちいさな田舎町だというのにもかかわらず、この駅だけはやけにグローバルだった。
都心部でもあるまいし、なんでこんなに多国籍なのかというと、実はこの町、産業が結構発達しているのだ。
規模がちいさい田舎ながらに、かなり大手の工場が何個も点在している。
最近ではあちこちで外国人労働者を採用しているから、なんの変哲もないこのちいさな駅で、ちょっと不思議な光景が広がるっていうわけだ。
『新大平下〜、新大平下〜』
車掌の無機質なアナウンス音を聞きながら、私は東武日光行きの電車に乗った。
4つの席が向かい合わせに並ぶ、朱色のクロスシートの車両は、やはり懐かしい座席配置をしている。
周囲を見回してまずはじめに、乗客が身にまとっているアウトドアグッズが目に入る。
東京方面から乗っているのだろう人々は、きっとこのまま栃木県北部の観光地日光に行くのだろうな……と、予想を立てるのは簡単だった。
さて、どこか席は空いていないかな。
1時間5分も立ち乗車するのはさすがにキツイから、と思っていたけれど、────今日は珍しく、ボックス席の空席があった。
4人がけのところに1人だけ男の人が座っていたが、「失礼します」と頭を下げて相席させてもらうことにする。
だってほら、ボックス席って妙に個室感があるから、先に誰かが座っているとなんだか乗りにくさがあるじゃない。
2両目、進行方向から一番最初のこの席。ここにしようと決めたのはなんとなく、だ。