ナミダ列車
うん、やっぱりいい。
気分が幾分いい。
窓の外。住宅街を通り過ぎ、一面の田んぼを眺めていると町のシンボルである太平山がそびえ立っていた。
何年も、何十年も、何百年も、何千年もそこに存在しているお山は、東武日光線の電車が颯爽と駆け抜けてゆくのを、数えきれないほど見て来たのだろう。
郷愁にかられるとはこういうことなのかな。
しばらく、移りゆく町の景色を眺めてしまっていた私は、気を取り直して観光マップを開くことにした。
………
ある程度読み始めて、ふぅー…と伸びをする。
ほんと、普段通学に使っている電車のはずなのに、乗車する目的が違うだけでなんだかまったく別の乗り物のように思えてしまうものだなあ。
本を読んで世界観に浸るのも非日常。映画を見るのも、ゲームをするのも、非日常。
日常の中に転がっている非日常はたくさんあるけれども、特に"旅"は人の胸を大きく弾ませる。
────新鮮な気持ちを、与えてくれる。
やっぱり東照宮は欠かせないよね…と、さらにリュックを漁ろうとした時のことだった。
「いろは」
何処からか私の名前を呼ばれた。
え?なに。
ビックリして顔を上げても、周囲には私の知り合いらしき人はいない。
なんだ、空耳か…と思ってまた観光マップを探し出そうとする、
「おーい。いろは」
……が、また謎の呼びかけは聞こえて来た。
ピクンと分かりやすく肩を震わせた私は、通路を挟んだ向こう側のボックス、後方、さまざまな箇所に首を回してから、最後に真正面へと視線を持って行く。
すると一人だけ視線があった人がいた。
「シカトするなよなー、傷つく」
私が腰を下ろしているボックス席。
それは向かい側に座っている、幾らか年上そうなオニーサンからの視線だった。