桜色の涙
「お兄ちゃん!」
そして、俺が入ってきたことに気づくとパッと顔を上げて近寄ってきた。
その顔は、勘違いなんかじゃない。とても嬉しそうな顔をしている。
「ママ、帰ってきたよ!」
あぁ、杏のこんなに弾けた笑顔を見たのはいつぶりだろう。
俺達にとっての休日だって母さんに休みなんてなくて、いつもふたりで過ごしていた。
俺は夜遅く寝たときや朝早く起きたときに母さんに会うことはあったけど、杏は違うんだ。
母さんの顔を久しぶりに見て、喜ぶのも無理はない。
それからリビングへ戻ると、ちょうど母さんが家から出ていくところだった。
「あのさ、母さん」
返事はなかった。でも、ピタリと止まった体はきっと俺の話を聞こうとしてくれている。