京都あやかし絵師の癒し帖
3
豊かな香りの日本茶にモンブラン。
目の前には美丈夫と和洋折衷幼女。
離れた席に黒ずくめの不機嫌少年。
今朝の自分は、今日こんなことになるなんて、まったく、これっぽっちも予想していなかっただろう。
「えーと、つまり、この屋敷には悩みを抱えた妖がやってくるから、それを解決するのが仕事だと。で、その解決方法が絵を描くこと、と」
お茶をいただきながら聞いた話をまとめるとこうだった。
「ええ、まあそうなりますか。飲み込みが早くて助かります」
優雅にお茶をすすりながら雲母が微笑んだ。
その横で薊がモンブランをがっつきながら「椿は賢いのだな」などと言っている。賢いわけではない、理解できないからことばのままを受け取っているだけだ。
「それ以前にお前、疑問に思うことはないのか」
窓際の席でけだるそうに三日月紫苑が口を開く。なんだか猫みたいだな、と思ってしまった。もちろん黒猫だ。
「疑問、はいろいろあるけども、いちいちつっこんでたら身がもたないというか」
「ずれてる。普通、妖ってなんだとか嘘だとか言う」
言われてみればそうなのだが、と目の前で口の周りにクリームをつけている幼女を見る。
「余は妖ではないぞ。つくも神だ」
俺の視線に気づいた薊が胸を張って言うものの、説得力にはいまいち欠ける。第一なんのつくも神なのだろう。
まあそれはさておき、三日月紫苑が言わんとすることがわからないわけでもない。妖なんて、まあつくも神も含め、非現実的な存在だ。限りなくフィクションで、実際に目にしたこともない。とりあえず今までは。
「いや、なんていうか、小さい頃からばあちゃんによく言われてたから」
雲母の視線がこちらに向く。
「ばあちゃんにとっては、神様とか妖とか当たり前の存在だったみたいで。だからなんというか……頭ごなしに否定できないと言うか」
幼かった頃は、それこそ祖母の言う妖が夜中に襲ってきやしないかと不安になったこともあった。でも祖母はいつでも「彼らは人間となんにも違わない」と言っていた。
ふうん、と興味なさそうに三日月紫苑は欠伸をした。聞いておいて失礼な奴である。
「いるのかもしれない、ではない。いるのだ。今も椿の目の前におるではないか」
二つ目のモンブランを平らげた薊がお茶を飲み干し他と同時に口を開いた。本人はつい今しがた「妖ではない」と宣言している。
つまり。と残りふたりを見比べる。どちらも人間にしか見えない。
「なんだ、知らなかったのか。ほれ、ここにおるではないか」
薊が示したのは、雲母だった。
「まったく、薊、本人に了承もなく個人情報を明かすとは何事ですか」
「減りはせぬ」
「いいえ、相手によっては私の自尊心が目減りするのですよ」
はあ、と雲母がため息をこぼした。その表情も、さっきまでとは打って変わって暗い。哀しみ、というよりも憂いを含んでる。
「雲母、さんはつまり、妖であると」
一応驚きはした。人間だと信じていたもなにも、その可能性は微塵も考えていなかった。
目の前には美丈夫と和洋折衷幼女。
離れた席に黒ずくめの不機嫌少年。
今朝の自分は、今日こんなことになるなんて、まったく、これっぽっちも予想していなかっただろう。
「えーと、つまり、この屋敷には悩みを抱えた妖がやってくるから、それを解決するのが仕事だと。で、その解決方法が絵を描くこと、と」
お茶をいただきながら聞いた話をまとめるとこうだった。
「ええ、まあそうなりますか。飲み込みが早くて助かります」
優雅にお茶をすすりながら雲母が微笑んだ。
その横で薊がモンブランをがっつきながら「椿は賢いのだな」などと言っている。賢いわけではない、理解できないからことばのままを受け取っているだけだ。
「それ以前にお前、疑問に思うことはないのか」
窓際の席でけだるそうに三日月紫苑が口を開く。なんだか猫みたいだな、と思ってしまった。もちろん黒猫だ。
「疑問、はいろいろあるけども、いちいちつっこんでたら身がもたないというか」
「ずれてる。普通、妖ってなんだとか嘘だとか言う」
言われてみればそうなのだが、と目の前で口の周りにクリームをつけている幼女を見る。
「余は妖ではないぞ。つくも神だ」
俺の視線に気づいた薊が胸を張って言うものの、説得力にはいまいち欠ける。第一なんのつくも神なのだろう。
まあそれはさておき、三日月紫苑が言わんとすることがわからないわけでもない。妖なんて、まあつくも神も含め、非現実的な存在だ。限りなくフィクションで、実際に目にしたこともない。とりあえず今までは。
「いや、なんていうか、小さい頃からばあちゃんによく言われてたから」
雲母の視線がこちらに向く。
「ばあちゃんにとっては、神様とか妖とか当たり前の存在だったみたいで。だからなんというか……頭ごなしに否定できないと言うか」
幼かった頃は、それこそ祖母の言う妖が夜中に襲ってきやしないかと不安になったこともあった。でも祖母はいつでも「彼らは人間となんにも違わない」と言っていた。
ふうん、と興味なさそうに三日月紫苑は欠伸をした。聞いておいて失礼な奴である。
「いるのかもしれない、ではない。いるのだ。今も椿の目の前におるではないか」
二つ目のモンブランを平らげた薊がお茶を飲み干し他と同時に口を開いた。本人はつい今しがた「妖ではない」と宣言している。
つまり。と残りふたりを見比べる。どちらも人間にしか見えない。
「なんだ、知らなかったのか。ほれ、ここにおるではないか」
薊が示したのは、雲母だった。
「まったく、薊、本人に了承もなく個人情報を明かすとは何事ですか」
「減りはせぬ」
「いいえ、相手によっては私の自尊心が目減りするのですよ」
はあ、と雲母がため息をこぼした。その表情も、さっきまでとは打って変わって暗い。哀しみ、というよりも憂いを含んでる。
「雲母、さんはつまり、妖であると」
一応驚きはした。人間だと信じていたもなにも、その可能性は微塵も考えていなかった。