京都あやかし絵師の癒し帖

約束の時間に銀閣寺に向かうと、今日も構造のよくわからない服を着て、雲母が立っていた。遠くから見てもとても良く目立つ。日本人離れした手足の長さに、整った顔立ち。それでいてどこか和を感じさせるのだから、不思議だ。

あれが俺たち人間のイメージによって成り立つ姿なら、ちょっとうらやましい。

「お待たせしました」
俺がそう声をかけると、雲母はにっこり微笑む。

「桜の季節は良いですね、いくらでも眺めていられそうです」

そのことばの意味するところを考えて、すみませんと反射的に謝ってしまった。

さりげなく時計を確認したが、遅刻はしていない。というかむしろ五分前だ。

「言っておきますが、嫌みではありません。実際、早めに来てすこし桜を眺めていただけです」
そんなまどろっこしいことはいたしません、とさらに続けた。確かに、雲母ならはっきり言うかもしれない。

「さて、参りましょう」

雲母の先導で、今日もあの屋敷へとゆく。昨日と同じ時間、午後三時に百乃さんが来る予定だった。
本当は講義があったけれど、初回から講師の都合がつかず休講になる、というありがたいことになっていた。

「そういや昨日聞きそびれたんだけど、妖って人間に見えるものなのか?」

俺は昨日初めて見たけれど、こうして歩いていると雲母のことは他の人間にも見えているみたいだし、もしかしたら気づかないだけで、普段から目にしているのだろうか。

「いえ、誰にでも見えるわけではありません」
「じゃあ雲母さんは」
「雲母で結構。狐や狸は人に化けるとよく言うでしょう」
「ああ、確かにそんな昔話があるような」
「この姿も仮のものです。化けるのなら、人に見えなければ意味がありません」
「おお、なるほど」

言われてみればその通りだ、と納得すると、雲母に笑われた。
「椿、あなたは本当に、変わった人間ですね」

昨日もそんなことを言われたけれど、そうだろうか。
むしろとりたてて突出するところのない、平々凡々な人間だと思っていたけれど、妖世界からしたら変人なのだろうか。

「こういう話を素直に納得する者は、少ないのですよ」
俺の内心を読みとったかのように答えられる。その目がほんのすこし、微笑んでいた。

「ただあの屋敷にいる間は、どんな妖でも見えるでしょう。逆に言えば屋敷にいない限りは見えませんので安心してください。あなたは、見鬼の持ち主ではないみたいでしょうし」
「けんき?」
「妖や幽霊が見える能力のことです」

たしかにそれはない。妖も幽霊も俺にとってはすべて本物ではなかった。「私幽霊が見えるの」とか言うやつがクラスにはひとりふたりいたけれど、そういうのも信じていなかった。

けれどそう聞くと、もしかしたら祖母はその眼を持っていたのかもしれない。彼女は時折、なにもないところを見つめていたし、他に誰もいないはずの部屋で、なにかを喋っていたこともある。
もう年なんだろう、と思っていたけれど、そうではなくて妖たちと生活していた可能性もある。
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