京都あやかし絵師の癒し帖
「まさか、その、物を生み出せるとは」

痣を消す、という彼女の身体に関わることが可能なのだと思っていた手前、まさか関係ない物を具現化できるとは考えてもおらず、俺自身も予想してなかった結果になった。

「今回だけ、特別じゃ」
そう言って薊はにかっと笑う。

「ほんとうに、ありがとう、ございます」
「よく似合っておる。きっと良い縁談になろうぞ」
「そうですね、百乃、私も願っておりますよ」

薊と雲母のことばを受け、百乃さんは何度も強く頷いた。俺もいろいろとほっとして、今度こそ身体の力が抜ける。

ただ、隣に座る三日月紫苑だけは、どこか浮かない顔をしていた。薊を見、雲母を見、そして最後に俺に目をやる。目があったものの、そらされることなく、じっと見つめられる。

しかしそれがなにを意味するのか、さすがにわからない。こいつと知り合ってからの期間というか、時間が短すぎる。 

なにか、と口を開こうとした瞬間、三日月紫苑がふいっとそっぽを向いた。おかげで話しかけるタイミングは失われた。

まあとりあえず、今はいい。あとからきっと、また話す機会はやってくるだろう。そんな気がする。記憶を消されてしまうかもしれないけれど。

それよりも今は、俺の絵で彼女を笑顔にさせたことの、達成感に浸っていたい。きっと三日月紫苑が描いてたら、もっときれいで巧かっただろうけれど。
誰かのために描いたことなんて久しぶり、それこそ学校でやらされた母の日父の日ぐらいのことだろうから、そう、ものすごくうれしい。

百乃さんは涙をぬぐいながら、晴れやかに笑っている。その頭には桜とライラックが咲き、彼女の痣はとても、うつくしかった。
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