・喫茶店『こもれび』

私と付き合いながらも推薦で大学が決まった彼は、時間にも気持ち的にも余裕が出来たらしく。
放課後や休日に頻繁にデートの誘いをしてくれた彼だけど。
浪人するか専門学校へ行くか。それとも就職する道を選ぶのか。

これから進む道を考えなければいけない私にとって、彼からのデートの誘いは、うっとうしくさえ感じてしまったのだ。


彼なりに気を使い私を励ますため、気分転換になればと外に連れ出そうとしてくれていたのに。
そんな彼の気持ちに気付く余裕さえなくなっていた私だったから。
二人の心は、どんどん離れていった。


ある日、彼に呼び出された場所が喫茶店『こもれび』だったのだ。
街に溶け込むような佇まいの外観は、焦げ茶色の外壁に赤いドア。
窓から漏れている、オレンジ色の温かそうな灯りが印象的なお店だった。


彼から別れ話をされるであろうことは、薄々勘付いていたから。
ここに来るまでに、心の準備はしてきたつもりだ。

ドアを開け、カウンター席に独りで座っている彼の姿を目にした途端。
涙のフィルターで彼が見えなくなってしまう。


珈琲の沸き立つ香りに引き寄せられるように、どうにかカウンター席まで辿り着き、彼の隣りの席に座る。
「彼女にも、同じものを」と頼んだ彼が飲んでいたのは、エスプレッソだった。
< 3 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop