・喫茶店『こもれび』
カウンター席で隣り合い座っている私達に気を遣うように、気配を消して珈琲を淹れてくれていた当時の三好さんのことは、正直あまり記憶にない。
暫くして差し出されたエスプレッソは、私にはとても苦く感じて。
ただ「もう無理だと思う」と口にした彼の言葉と同じように、喉に引っかかる。
全然心の準備など出来ていなかったみたいだ。
彼が言葉を発する度に、涙が溢れてくる。
それなのに、素直な気持ちを彼には言えなくて黙り込んだ。
「彩夏はさ、この先どうしたい?」
不意に彼から投げかけられた質問に「つきあっていきたい」とは、どうしても言えなかった。
大学生になった彼を想像してみたら、彼の隣りに立っている私の姿が思い描けなかったからだ。
だから、さっきから「ごめん」と繰り返す彼の気持ちも、手に取るように分かってしまう。
きっと彼自身も互いの隣りに立つ、互いの姿が想像できなかったのだろうと。
「いいよ、別れよう。お互い進む道が違っちゃったんだし、仕方ないよ」
嫌いで別れるわけじゃない。
これは、二人が別々の新しい道を進むための別れ。
そう自分自身にも言い聞かせるように、作り笑いを浮かべたら。
気付かれぬよう涙を拭い、最後の笑顔を彼に向けた。