副社長のイジワルな溺愛
「俺を待たせるのは、この社内で君くらいだ」
「失礼しました」
「まぁいい。システム部からPCを借りておいたから、作業を進めて」
「かしこまりました。それから、先日のお釣りです」
タクシー代と渡された一万円のお釣りを、レシートと一緒に差し出した。
広尾にある副社長の家から川崎の私の自宅までは、六千円かからない程度で到着することができて、次に会った時に返そうと持ち歩いていた。
「釣りはいい。それで検定の勉強に役立つものでも買いなさい」
「……ありがとうございます」
絶対に受け取ってくれない副社長に根負けして、差し出したものを引っ込めた。
副社長の大きなL字型デスクの右側に直角に向き合って座ると、社内決裁のデータと数枚の領収書が丁寧にクリップで留められていて、必要な情報を入力し始める。
「これで全部ですか?」
「そうだ」
先月よりもデータ量は少ないし、領収書の金額も桁が少なめで楽だった。
「次回からは、私の方で決裁データをプリントして突き合わせますので、領収書だけご準備いただければと思います」
「わかった。助かるよ」
副社長も忙しそうにPCを操作して、作業を続けている。
不意に内線の呼出音が鳴って、彼は受話器を耳に当てて私を見遣ると、口の前で人差し指を立てて黙っているように告げた。