副社長のイジワルな溺愛

 なんにしても、身に覚えのない領収書は返却して対応してもらうしかない。

 この領収書の提出元は……。
 データの申請者と所属部署を確認して、私は「ひっ!」と小さく悲鳴を上げてしまった。


 ――副社長 御門 慧


 あの冷徹な副社長が、この領収書を?

 周りを見ても、代わりに行ってくれそうな人はいない。この時期の経理室はいつも以上に殺伐としていて、話しかけることすら気が引ける。
 私は渋々腰を上げ、領収書の原本を持って副社長室へと向かった。


 御門建設の社屋は、環境に配慮した三十五階建て。最上階は会長室と特別応接室になっていて、三十四階は社長室と副社長室、秘書室など。
 経理の私が普段立ち入ることのない高層階に行くだけで、冷汗が背筋を伝う。

 ポーン、と気楽そうなエレベーターの到着音。乗り合わせた人たちはきっちりスーツを着こなした営業マンや内勤の綺麗な女性たち。
 私みたいな地味なタイプがいたのかと、驚いた人だっている。でも、そんな視線を気にしている場合ではない。
 クリアファイルに挟んで持ってきた領収書を渡すミッションで、とてつもなく気が重いからだ。

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