副社長のイジワルな溺愛
人混みが少し空いて、行列の進みが良くなってきた頃、特別観覧席を出て、最後尾に並ぶ。
すぐに私たちの後ろにも列ができて、慧さんはまた私の後ろに立った。
すうーっと息を吸うと、雨の匂いがする。
空を見上げると、さっきまでなかった黒い雲が遠くから流れてきているのが見えた。
「慧さん、雨が降りそうですね」
「そうだな。濡れないうちにタクシーに乗らないとなぁ。……ちょっとかかりそうだけど」
百八十五センチの彼が踵を上げて眺めると、まだまだ先は長いようだ。
「大丈夫か? 疲れただろ」
「平気です。ずっと座ってたし」
後ろにいる彼ににこっと微笑んでみせると、彼はすぐに私を隠すように腕を伸ばして包み込んだ。
「……お前、本当に分かってないのな」
「え?」
「まぁ、いい。ほら、進んだから歩いて」
列が動いた分、歩みを進めて十分ほど。
頬に感じた粒に空を見上げると、パラパラと細雨が落ちてきて、すぐに雨粒が大きくなってきた。