副社長のイジワルな溺愛

 上昇に従って、乗り合わせていた人が降りていき、とうとう一人になってしまった。
 またしても気楽な到着音をエレベーターが鳴らしたせいで、一層気が重くなる。

 念のため、先に秘書室に寄っておくことにした。
 役職者自ら、経費の精算をすることはないし、返金先の口座を指定するために、データ上の申請者は本人が割り当てられるけれど、実際の申請作業は秘書が行っているはずだからだ。
 それに、秘書に対応してもらえたら一件落着。


「失礼いたします」
「はい」

 息を飲むほど綺麗な秘書が出迎えてくれて、思わず見とれてしまった。


「どのようなご用件でしょうか?」
「私、経理室の深里と申します。副社長の秘書の方はいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません。昼休憩で席を外しておりますが……お急ぎでしょうか」
「……はい」

 頷けば、会社から貸与された味気ないビニール製のIDケースが揺れる。でも、出迎えてくれた秘書は自前の真紅の本革ケースを提げていて、おしゃれだと思った。


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