誰も知らない彼女
ほっと胸を撫でおろす。


って、あれ?


若葉は今『ひとりで休みたいな』って言ったよね?


だったら私は邪魔なのかもしれない。


純粋な微笑みを浮かべる若葉に視線を送るが、とくに大きなリアクションを起こす様子はない。


ひとりにさせたほうがいい状況なのかな?


背中に変な汗が流れるのが嫌でも感じる。


それでもなんとか立ちあがる。


私のこの動作が、若葉にはぎこちない動きに見えたのか、若葉が笑顔を消して目をしばたたかせる。


「榎本さん? どうしたの?」


「えっ……いや、その……。わ、私、ちょっと用事を思い出したんだ! な、なんだか、ごめんね」


早くこの状況から逃げたいという気持ちが優先して、焦ってしまう。


それに、また声がうわずった。


若葉の次の言葉を聞くのが怖くて目をそらす。


しかし、十数秒後に出てきた若葉の言葉は……。


「大丈夫だよ。はずせない用事のほうを優先させるのは当たり前だもんね。だから、べつに気にしなくてもいいよ」


えっ。


天使のような微笑みが視界に飛び込み、思わず目を見開く。


若葉がそんなことを言うとは思わなかった。
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