誰も知らない彼女
「いいね。じゃあ、そこでなんか食べながら話そうか。俺、急いで来たからお腹が空いちゃって」


ほっ。


私の言葉は、どうやら磐波さんにとって救いの言葉だったようだ。


さっき見せた焦り顔がまるで嘘のように、満面の笑みを浮かべている。


その笑顔に思わずドキッとしてしまう。


やめてよ、磐波さん。


その笑顔を私に見せたら、私、勘違いしてしまいそうになる。


もしかしたら磐波さんが私のことを好きなのかもしれないんだって。


思わせぶりな言動を見せすぎだもん。


なんて思っているのは私だけかも。


頭の中で考えていたことを一生懸命消すために目をギュッとつぶる。


忘れよう……。


今考えていたことはすべて忘れよう。


このことは忘れて、今は行方不明になった野々村さんと畠さんをどう探すかを考えるのが一番だから。


うんうんと首を上下に振っていると、近くで声がした。


「……抹里ちゃん」


はっ!


「な、なんでしょうか!」


肩を一瞬だけ震わせて背筋をピンッと伸ばして力の入った声をあげると、磐波さんの笑い声が頭上で聞こえてきた。
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