誰も知らない彼女
一歩あとずさりすると、顔を覗かせた女性があたりを不審そうに見まわした。


そしてそれを確認したあと、女性の顔と視線がこちらに向けられる。


「……どちら様?」


彼女が目つきを鋭くさせているせいで、こちらを睨んでいるような気がする。


そうされても仕方ない。


その女性にとって私は、なんの関係もない赤の他人だから。


赤の他人だけど、ここまで来たなら引き下がるわけにはいかない。


こくんと力強くうなずき、女性の鋭い視線を正面からしっかりと見据える。


「ここの近くの高校に通ってる者です。飯場市加ちゃん、わかりますよね?」


いっちゃんの名前を出した瞬間、女性の見る目が変わった。


生気のない目がくわっと見開き、驚きをあらわにしている。


この人はいっちゃんのことを知っている。


「飯場市加ちゃん、知ってるわ。広隆(ひろたか)が何度か連れてきた女の子よ。広隆の彼女の……」


私の読みどおり、女性は死体遺棄事件の被害者の男性の母親だ。


驚きを見せる女性の目を盗み、チラッとメモに視線を落とす。


今までここに書かれてある名前にピンとこなかったが、女性の口から出た名前でピンときた。


メモの名前は、川西広隆。


頭の中にあるふたつの点が、ようやく一本の線となって結ばれた。
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