誰も知らない彼女
彼女が私を言葉で引き止めるとは思っていなくて、びくっと体を震わせて立ち止まる。


おそるおそるといったふうに振り返ると、川西さんが門の近くで必死そうな顔をしていた。


疑問に思って首をかしげたそのとき、彼女が小さく手招きをした。


いったいなにがしたいのかわからないが、とりあえず彼女の言うとおりにする。


私が再び門の前までやってきたのを見計らい、川西さんが小さな声で話しかけてきた。


「あなた今『あの事件を解決したいと思っている』って言ったわよね……?」


「え? は、はい……」


それがなんだというのだろう。


他人の事情に勝手に首を突っ込もうとしたのに、そんなひどいことをした私にいったいなにをしてほしいと言うのだろうか。


私が小首をかしげた直後、川西さんは門の外に出て、私の手を握ってきた。


「そんなことを言ってくれたの……あなたがはじめてよ。お願い、息子を殺した犯人を逮捕するために協力してくれないかしら?」


私の手を握る力が少し痛くて思わずギュッと目をつぶったが、川西さんのひとことで目を見開いて彼女のほうを見た。


彼女がこんなことを言うとは思ってなかったから。


被害者の母親なら普通、『これ以上息子の死を考えたくない』と相手を突っぱねるかもしれないと思っていた。


私の予想をはるかに超える反応を川西さんはした。


でも、死体遺棄事件の解決に協力したい気持ちは変わらない。


私の答えは最初から決まっていた。


ゆっくりうなずいて「……はい」とつぶやいたあと、川西さんに誘われ、言葉に甘えて家にあがることになった。
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