誰も知らない彼女
私が謝ることがおかしいと、川西さんは言いたかったのか。


でも、人に許可なく勝手に取って見つかったら誤解されてしまいそうだから、私としては謝らないわけにはいかない。


ある意味、めんどくさい性格かも。


心の中ではぁ、とため息をついたとき、マグカップに入ったお茶をひとくち飲んだ川西さんがゆっくりと口を開けた。


「……息子の広隆は、誰にでも心を開くことができる明るい性格の子だったの。榎本さんも、今見たでしょ? 写真のすべてに写ってる息子は笑顔ばかり。いつもそんな顔してみんなに囲まれてたわ」


彼女の言葉になにも言えなくなる。


彼女の息子、広隆さんは誰とでも接することができる明るい性格の持ち主だった。


そんな人が突然いなくなり、雑木林の中で死体となって発見されたのだ。


違和感を感じるのも無理はない。


マグカップに手をつけることもできずに黙ってしまった私を横目に、川西さんは言葉を続けた。


「家に帰ってくるときも、同じ学校の子に囲まれていた。私が中に入るように叱ってもしゃべり続けていた。そんな子が……どうしてあんな目に……」


マグカップをテーブルに置いたあと、彼女は顔を覆って泣きはじめた。


その姿が、今日の昼休みに見たいっちゃんとピッタリ重なった。


誰も止められないような大きな悲しみ。


川西さんはそんな感情に包まれているのだろう。


そのとき、頭の中にある疑問が浮かびあがった。
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