誰も知らない彼女
この家に入る前、川西さんはこう言っていた。


『お願い……息子を殺した犯人を逮捕するために協力してくれないかしら』


“息子を殺した犯人”。


どうして自分の子供が殺されたと思ったんだろう。


事件のことを警察の人に聞いたのならわかるけど、彼女の顔を見る限り、警察の人には事件について聞いていないようだ。


精神が不安定になったときにそんなことを聞いたら、さらに不安定になることだろう。


彼女にまた悲しい思いをさせるかもしれないけど、いちおう聞いてみよう。


「……川西さん」


ゆっくりと名前を呼んだ直後、涙で崩れた顔を持ちあげる川西さん。


彼女の顔が完全に私の視界に映ったのを確認して問いかけた。


「……なに?」


「私をここにあげる前、川西さんは『息子は殺された』というようなことを言ってましたよね?」


「えぇ……たしかに言ったわ」


「……どうして広隆さんが殺されたと思ったんですか?」


この質問は心の底から疑問に思っていても、聞かなければよかったと思った。


なぜなら、私が質問を投げかけた瞬間、川西さんの顔色がさっきよりも悪くなったから。


その質問だけは絶対に答えたくない。


直接口に出してはいないものの、雰囲気だけでそう言っているように見えた。


私が慌てて言葉を言い直そうとしたとき、質問したときからうつむいていた川西さんが顔をあげてこうつぶやいた。


「……私、見たのよ。犯人らしき人物を」
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