誰も知らない彼女
へ……?


い、今の、なに?


自分の心の中で思っていることがなかなか出せずにいる私に、磐波さんは私の腕をそっと離した。


「……これで傷が癒せればいいけど」


傷を癒す?


今の行動は、私の傷を癒すためのものだったの?


意味がわからなくて首をかしげたタイミングで、磐波さんが我に返ったような顔をする。


それと同時に静かな空気が破れた。


「とにかく、傷の手当てはしたからもう終わり! 話したいことがあるから」


あっ、そうか。


ここに来る前に言ってたな、そのこと。


磐波さんがここに来た最大の目的を忘れてしまいそうになっていた。


唇がなにかに触れたことを忘れるために、首を左右に振った。


数回やっても落ち着かない胸の鼓動が響かないかと不安になっていると、ずっと視線をそらしたままだった磐波さんの口が再び開いた。


「あのさ」


「……はい?」


「この前、野々村と畠が行方不明になったって聞いたよな?」


「えっ? あっ、はい……」


なんだろう。


すごく嫌な予感がする。


心には不安や嫌な予感という要素しかない。


常にポジティブにいようという考えなんて、今はもうどこにもなかった。


よくない感情を持っているのはわかっているのに、なぜかそのすべてを捨てることができない。
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