誰も知らない彼女
信じられない。


あぁ、磐波さんもそう思っていたんだ。


そっか。合コンのときからずっと仲よしだと前に教えてくれたから、仲よしだったふたりがいなくなるのが信じられないんだ。


だけど、今気になっているのはそんなことではなかった。


手当てをしてもらったあとに感じた、唇に触れたなにか。


その正体がなんなのかを知りたくて、言葉が頭の中に入ってこない。


まったく入ってこないというわけではないけど、唇に触れたなにかを考えているいるために耳が素通りしているのかも。


両手で熱くなった頬をおさえて頬の温度を下げようと試みる。


しかし、熱を帯びた頬が完全に冷えるわけがなく、心の中が焦りに包まれる。


絵の具のようにグチャグチャに混ざり合った感情を抱いているせいか、無意識にこんなことを口にしていた。


「死にたくない、私……」


頬はまだ熱いまま出てしまったのは、不安を感じさせる言葉だった。


矛盾の生じる言動のはずなのに、磐波さんはやわらかな笑みで私の頭をポンポンと撫でてくれた。


なんでそんな優しい顔を私に見せるの?


野々村さんと畠さんが死んだからというのもあるかもしれないけど、いろんな意味で心臓がうるさく響く。


「大丈夫だよ。抹里ちゃんは俺が守る」


なんて心強い言葉だろう。


それだけで心が救われる気がする。


私は磐波さんに恋してるのかもしれない。


さっきからおさまらない胸の鼓動は、このことを意味しているのか。


今はまだわからないけど、きっとその答えは未来が教えてくれるのだろう。


いつの間にか少し開いていたドアから誰かが覗いていることなどに気つかず、私は顔をあげられずにいた。
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