誰も知らない彼女
ハンカチを再びスカートのポケットに入れて、気づかれないようにそっと距離をおく。


これ以上近づかれたらわからなくなる。


私を抱き寄せる以上のことをされたら、私の心臓が持たない。


全身が心臓になったみたいにドクドクとうるさく鳴るのを感じる。


私、違う意味で死んでしまうかもしれないよ。


本当は死にたいなんて思ったことは今までないのに、逃げだしたい気分だ。


昨日の保健室でのことを思い出したくないから。


「とにかく、助けてくれてありがとうございます! 私、用事があるので帰りますね、さよなら!」


ハンカチをポケットに入れたときから磐波さんと目を合わせるのが怖くて、視線を床に向けて叫んだ。


これじゃあ誰に向かって言ってるのか自分でもわからない。


だけど、唇がなにかに触れたことが頭から離れなくて、今すぐにでも忘れたいんだ。


駆け足で階段を下りて、磐波さんからさらに距離をとる。


階段を下り終わり、昇降口でローファーにはきかえたそのとき。


「……っ、ま、待てよ!」


「……っ!」


うしろから磐波さんの声が聞こえてきて、再び全身が心臓のようになる。


今の私には磐波さんと目を合わせることがどうしてもできない。


足がガクガクと震えてなかなか言うことを聞かなかったけど、力をみなぎらせて走りだす。


追いかけないで。


みじめな私を追いかけないで。
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