誰も知らない彼女
せめて今だけは、私を見ないで。


さっきまで足が震えていたのがまるで嘘のように、全速力で走る。


走りに自信のない私がこんなに速く走ることができたのかと驚いている場合じゃない。


ふと視界に現れ、鏡に映ったもうひとりの自分が見えた瞬間、顔を覆ってしまいたい衝動に駆られるが、逃げたい欲求が強いせいでバッと顔を背けて再び走りだす。


はぁはぁ言いながらも私がようやく足を止めたのは、家と反対方向にあるゲームセンターの前だった。


だが、私が足をピタッと止めた理由はゲームセンターだからというわけではない。


ゲームセンターが建つ場所の左手奥に、見覚えのある車が停まっていたからだ。


その車は、アイスクリームを売っているワゴンだ。


私が小さいころに両親に連れられて行ったから、昔からなじみのあるワゴンなのだ。


アイスクリームは小さいころの私が一番好きだったものだった。


おもちゃがほしいと泣きやまなかった私に、お母さんが好きなアイスを買ってくれたんだっけ。


そうしたら私はすぐに泣きやんで、満面の笑みで食べていた記憶がある。


アイス自体に魔法がかかっているわけではないのに、アイスを食べた瞬間に口の中が急に踊りだす感じだった。


ワゴンを見つめていたせいか、私の足が無意識に動きはじめる。


気がつけば私はアイスワゴンの前までやってきた。
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