誰も知らない彼女
だけど、手に持っていたコーンをなんとか落とさずに済んだ。


心の中でほっとひと安心する。


だが、今は安心している場合じゃない。


いきなり悠くんが真剣な表情を私に向けるということは、なにか重要なことに気づいたのだという証拠だろう。


昔も真剣な顔をしていたことがある。


そのときにはいつも大事なことを話していたのだ。


どんな話だったかは忘れてしまったけど、この顔をしていることは大事なことを抱えていることとイコールと考えていい。


コーンをひとくちかじって口の中にコーンの味が広がったのを感じ取ったあと、悠くんは私から少し顔を離して話しはじめた。


「……抹里、さっき『気になる人がいる』って言ってたよな?」


「え? う、うん」


なぜ数分前に話したことを口にしたのだろうと気になったけど、悠くんのいたって真面目な表情を見たら絶対に言えない。


真剣な表情を崩すわけにはいかない。


コーンを持っていないほうの手で握り拳をギュッと作る。


「そいつのこと意識してるせいで、今まで話せてたのに急に話せなくなったのはな、はっきり言うと恋のせいなんだよ」


聞きたかった。


悠くんの口からその言葉が聞きたかった。


保健室で唇に柔らかいものが当たったあと、これは恋なのかもしれないと思っていた。


だけどそのあと、自分だけでは結論が出なくて、恋だという確信がなかったのだ。


できればこのことは秋帆たちに伝えたかったけど、クラスの険悪化が進んでいるなかで話すのは少し無理があった。


クラス内で由良が嫌がらせされているのに、私が空気の読めない発言をしたら、ますますクラス内の空気を悪くしてしまう。
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