誰も知らない彼女
私のせいで空気を悪くするのは避けたい。


だから秋帆たちには、恋なのではないかということは言わなかった。


これも、自分に火の粉が降りかからないようにするためだった。


そんなことで話すのをためらうなんて、私は本当に滑稽な存在なんだとあらためて思わされた。


「恋、なんだ……」


心の中にいるもうひとりの自分をさげすみつつ、消え入りそうな声でボソッとつぶやいた。


いつでも素直で、私だけでなくみんなの前でもハキハキとしゃべってはっきりものごとを言う悠くん。


そんな悠くんが恋のせいなのではないかと言っているから、私が抱いている気持ちは恋で間違いないだろう。


はっきりとした悠くんの言葉が耳に響いた瞬間、頭の中や心の中からモヤモヤしたなにかが吹き飛んだような感覚がした。


なにもかもというわけではないけれど、自分だけでは言い表せなかった複雑な感情が体からスーッときれいさっぱりと消え去っていくのを感じる。


そうか、そうだったんだ。


私は恋をしていたんだ。


保健室で感じた気持ちは嘘ではなかったのか。


“かもしれない”んじゃなくて、“絶対”だったのだ。


恋愛とはあまり縁がないと思っていた私も、ちゃんと恋をしていた。


自分はきっと由良や秋帆たちのように充実した生活を送ることなくただ平凡な日常を過ごすだけなのだとばかり思っていたのに、その充実な生活の中で最大のイベントを私は今体験していた。
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