誰も知らない彼女
若干震えた声で問いかけた私の言葉に返事をしたのは、さっきまで聞いた声よりも一段と低い真剣みを帯びた声だった。


「……香水のにおいがするけど、もしかして誰かと会ったの?」


えっ?


顔近づけてなにを言うのかと思ったら、私の体からなにか香りがしたから気になっただけなのか。


びっくりした。


まだ私のこと疑っているのかと思った。


平常心でいようと心の中で誓ったはずなのに、目を合わせようとする先生の表情を見るのが嫌で心が乱れそうになる。


私、甲斐先生に狂わされそうだ。


自分が狂う前になんとかしないと、取り返しのつかないことになってしまう。


「だ、誰かって……磐波さんに会っただけですよ。でもそれは今日じゃなくて昨日のことです」


途中で早口になった気がするけど、そこは頑張ってスルーした。


早口になったのは、たぶん甲斐先生が顔を近づけて距離を縮めているからだと思う。


と、ここであることに気づいた。


私が磐波さんと会ったとき、ふっとなにかいい香りがしたような気がした。


そのときは服を洗ったときに使った柔軟剤の香りかと思って言わなかったんだけど……。


シトラスやレモンに似たさわやかな香り。


それは磐波さんがつけていた香水の香りだったということか。
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