誰も知らない彼女
心の中でぶつぶつとそうつぶやいていると、急にガタンッと大きな物音がした。


音の正体はすぐにわかった。


私の言葉の中に衝撃的な言葉を見つけたらしい甲斐先生が、近くに置いてあったパイプ椅子を足で倒したのだ。


この場所が静かであるためか、音がやけに大きく響いた。


「磐波……?」


「そうです。磐波さんです。甲斐先生が会ったことがあるかわかりませんが、彼はこの学校の生徒だったんです」


そう、だった。


なぜ過去形を使ったのかは自分でもわからない。


口が勝手に滑ってしまった。


クラスメイトやネネに聞いた話がいまだに頭の中でよみがえっているのだろう。


磐波さんはこの高校に通っていた先輩だった。


だけど、友人の退学を止められなくて、自殺未遂をした。


私は、そんな人に恋をしたんだ。


恋をしたことまでは黙っておけば、誰も私を責めたりしないだろう。


いつの間にかそう思うようになった。


「名前は聞いたことある。顔も知ってるよ。先生がここに来て数週間くらいたってからかな。一回彼の姿を見たことがあるけど、悪いことをするような感じじゃない優等生って感じだったな」


先生が見た磐波さんの印象は“優等生”。


それはクラス内での以前の私の評判の一部だった。


昔、誰かから「賢いね」とか「さすが優等生だね」と言われると、自然と笑顔になっていた。
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