誰も知らない彼女
「はぁ……はぁ……」


肩で息を整えて必要のない呼吸を繰り返していると、ガチャッとドアが開く音がした。


びくっと震わせて音のしたほうを見てみたが、とくにおかしいものはない。


首をかしげて顔を覗かせたとき、玄関で靴を脱いでいる人物とバチッと目が合った。


「ただいま。あれ? 抹里、体調はよくなったの?」


「……おかえり、お母さん」


いつも持っていくブランドもののバッグと買いもので使うバッグを持ってきょとんとするお母さんの姿が見えた。


体調のことについてはスルーして、『ただいま』という言葉に対してだけ言葉を返した。


ほっと胸を撫でおろす。


家族以外の誰かかと思った。


びっくりして損した。


安堵した私の顔を見て、お母さんが目をしばたたかせる。


「風邪はもうよくなったの? 一日寝てただけで風邪治ったの?」


「う、うん、もうよくなっちゃったみたい」


「そう? なんだか疲れてるふうに見えるけど」


「き、気のせいだよ、気のせい! お母さんは気にしすぎだって!」


なんとかお母さんの気をそらして、逃げるように自室に向かった。


それはなにか理由があるわけではなく、反射的に体が自室のほうに動いていたのだ。


バカだ、私。


家族にはいつものように接すると決めたばかりなのに、よそよそしい態度をとるなんて。
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