誰も知らない彼女
なぜ目を少し見開いたのかというと、こんなことが書かれていたからだった。


【今日は夜遅くまで仕事が長引きそうなので、夕飯は封筒のお金でなにか買って食べてね】


普段は残業はないと言っていた。


なかなかない残業の日がついに来たんだ。


「はぁ……」


今日は夜遅くまで私ひとりか。


封筒に入っている1万円札3枚を出して眺めながら深々とため息をつく。


どうしよう。


夕食に3万円も使わないから、逆に3万円でなにを買えばいいのかわからない。


コンビニで適当に弁当とペットボトルのお茶を買っても、たぶん1000円以内だろう。


コンビニの弁当よりも値段の高いレストランに行くとなると、さみしいやつだと思われる。


どちらにしても嫌だ。


ため息が静かなこの空気にのまれて消えたあと、ポケットに入れていたスマホが小刻みに震えた。


こんなときにいったいなんだろう。


頭上にクエスチョンマークを浮かべながらスマホを取りだして画面を見てみると、【柘植悠汰 着信】という文字が表示されていた。


悠くん……⁉︎


なんで昼前に悠くんが私に電話してくるの?


疑問を抱いたまま通話ボタンをタップして通話モードにきりかえる。


アイスクリームワゴンでアイスを買ったとき以来一度も会わず話さずの状態だから、悠くんと話すのは気まずい。
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