誰も知らない彼女
外は家の中よりも冷たくて寒いだろうから、上着とマフラーは必須。


あと、しばらく家を空けなければならないため、ロックをかける鍵も必要になる。


ポケットに入れていたスマホを取りだして時間を確認すると、指定時間の30分前を示していた。


家から隣街との境の大通りまでは歩いて15分以上かかる。


今から家を出ないと指定時間よりも遅くなって殺されてしまう可能性がある。


なにも話さずに殺されるのは嫌だ。


殺される運命なら、せめてその人物と話してから殺してほしい。


心の中でそう祈りながら、真ん中に大きなリボンがついた薄ピンクのコートを羽織る。


コートのポケットにスマホを入れてマフラーを首に巻き、お気に入りのバッグを手にして自室をあとにする。


バッグの中身を見て、必要なものがすべて整っているか確認しながら階段を下りる。


階段を見ていなくて、しかも防寒用のストッキングをはいているため、階段で滑る確率が上がっているが、慎重に下りていく。


下り終わってリビングにそっと目を向ける。


この光景を見られるのは、もしかしたら最後かもしれない。


永久の別れかもしれない状況に胸が張り裂けそうになるのを感じながら、気まずそうに目をそらして玄関のほうへと歩く。


「……私は永遠にここに帰ってこないかもしれないね」


目に熱いものがあふれそうになるのを感じつつ、家を出て鍵をかけた。
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