誰も知らない彼女
ドアに鍵をかけてくるっと体の向きを変えた瞬間に私を出迎えてくれたのは、真っ白な雪だった。


すっかり真っ暗な空から降ってくる雪はなんだか幻想的で、まるで夢を見ているかのような感覚だ。


けれど、いつまでも目の前の景色を眺めている場合じゃない。


急いで大通りまで行かないと。


勝手にされた約束から逃げたと思われたくない。


小さく息を吐きながら足を進めると、サクッと下から音が聞こえてきた。


これは、私の足がブーツを通して雪を踏んでいる音だろう。


「寒っ……」


しかし、寒いな。


防寒対策をしてきたとはいえ、寒い。


バッグかコートのポケットにカイロを入れるべきだったかな。


手袋はしているけど、小学校からずっと使っているので生地が徐々に薄くなっていて、もうすでに汚れはじめている。


新品の手袋より色あせているが、使い慣れているし新しいのを買うのはもったいないから、昔からの手袋を愛用している。


手袋をした手をパンパンと叩いて、そこに自分の息を吐きかける。


わずかに手の温度が上がった気がするけど、こんな寒い場所ではまったく通用しなかった。


寒いのを我慢してしばらく歩く。


家を出てから10分ほどたち、大通りへと続く信号を待っていたそのとき。


向こうの交差点で待っている人たちの中に、見覚えのある人物を発見した。
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