誰も知らない彼女
ここから向こうの交差点まで遠いので顔ははっきりとは見えないが、服装でなんとなく誰かを察した。


私よりも背が高くて、スタイルのいい男の人。


その人物の名前は言わなくてもわかる。


向こうにいる彼と目が合いそうになった瞬間に体をびくっと震わせて視線を下に向けた。


そしてすぐに私の隣に立っていたスーツ姿の男の人が歩きはじめたので、歩行者信号が青に変わったのだと理解し、その人についていくように再び歩きはじめた。


お願い。


私だと気づいても、声をかけないで気づかないフリをして。


ギュッと目をつぶった私の心の叫びが通じたのか、向こうから来た彼は私に声をかけることなく通りすぎていった。


だけどまだうしろにいる気配はあるので顔をうしろに向けると、彼はこちらの様子など気にすることはなく、ただスタスタと向こうへと歩いていた。


ちょっと悲しい気はするけど、祈ってたとおりになったのでほっと胸を撫でおろした。


顔を前に向き直し、早歩きで大通りへと向かう。


そこから大通りにたどり着くのに、そんなに時間はかからなかった。


ピタッと足を止めてうつむいたとき、不意に由良の顔が浮かんできた。


そっか。ここは由良が血まみれで倒れていた場所だった。


そのことをはじめてニュースで知ったとき、由良ではない別の人間が犠牲になったのではないかと思ったが、血まみれになって死んだのは本当に由良だと叔母さんから聞いた。
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