誰も知らない彼女
雪のせいで少し濡れた黒い髪。


ところどころに水滴のついた上着。


真っ白な雪から覗く、真っ黒なロングブーツ。


私を見つめる、清純な雰囲気をまとったきれいな笑顔。


「あ、朝丘さん……」


そう、若葉だ。


なんで若葉がこんな遅い時間にこの大通りにいるんだろう。


大きな疑問を抱いてしまうほど、彼女はわざとらしいほどの笑顔を見せる。


「こうやって面と向かって話すのはひさしぶりだね、榎本さん」


今考えてみれば、本当にひさしぶりだ。


若葉と面と向かって話すのは、合コンのとき以来だろうか。


連絡先を交換したのを最後に、若葉とはちゃんとした会話をしていない。


連絡先を交換したあと、若葉は嫌がらせを受けるようになったし、暴れて叫んだし。


そういうイメージがいまだに頭に残っているせいなのか、笑顔の若葉に違和感を感じる。


「そ、そうだね」


どうしてだろう。


合コンのときみたいに話しかけたらいいのに、なぜか声が震えて言葉がどもってしまう。


いつもどおりに話しかけたらいいじゃん。


ほら、ネネと会話しているときみたいに明るく話したらいいじゃん。


なのに、若葉を相手にすると声がどもるのはどうして?


バカだな、私。


クラスメイトのひとりに話しかけられただけで声がどもるなんて。
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