誰も知らない彼女
「嘘……」


“朝丘若葉”は、彼女の本名じゃない?


彼女が最初に殺した女の人の名前?


いきなりそんなことを言われても、耳を通り抜けていくだけ。


「私が殺人をはじめたのは3年前。もともと両親が殺し屋だったから、私も両親に無理やり殺すための技を習わされたわ。そのときはなんの役に立つんだと思ってたけど……ある日、ある女が私のバッグをひったくって逃げていくのを見た。奪われたら生きていけなくなる。そう思って私はその女を追いかけてナイフで首を切って殺した。そう、私が殺したその女こそが朝丘若葉だったのよ」


殺し屋……。


小説やマンガでよく出てくる言葉が、現実世界に存在していたなんて。


しかも、彼女はその殺し屋の娘だった。


「じ、じゃあ、あなたはいったい誰なの……?」


震える声で彼女に尋ねる。


今の彼女ならなんでも話してくれそうだという思いがあってか、意外にもスッとつっかえることなく話せた。


そして、彼女は私の期待に応えるようにはっきりとした口調で言葉を放つ。


「私の本名は桑野 幹恵(くわの みきえ)。小さいころは“殺し屋の娘”っていうあだ名がつけられてうしろ指をさされることが日課だった。でも私は気にしなかった。両親が私の悪口を言う人間を殺してくれたから」


ここにいるのは朝丘若葉じゃなくて桑野幹恵。
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