誰も知らない彼女
だけど、ちょうど彼の横を通りすぎていった直後、突然声をかけられた。


「ねぇ、たしか……抹里ちゃん、だっけ?」


びくっ。


まさか私に話しかけてくるとは思っていなかったため、体が一瞬だけ震えた。


それでもなんとか耐えて、笑顔を見せた。


「あっ、はい。そうです」


私が精いっぱいの笑顔を浮かべたあと、スッと目をそらして表情を曇らせる磐波さん。


いったいどうしたんだろう。


表情を曇らせている理由がなんとなく気になってじっと見つめていると、磐波さんと目が合った。


「あっ……」


同じタイミングでお互いの視線に気づき、そしてどちらからともなくパッと視線をそらした。


男の人とこんなふうに目が合うのははじめてだから、思わず目をそらしてしまった。


目が合った瞬間にちょっとドキッとしたせいなのかもしれない。


だけど問題はそこじゃない。


彼がここに来た理由を知りたいんだ。


「あ、あの、磐波さん……」


「……なに?」


「ど、どうして……ここに来たんですか?」


私がおそるおそるといった感じにそう言った瞬間、磐波さんは「えっ……」と目を見開いた。


それはそうだ。
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