あなたしか見えないわけじゃない
その後、また後藤先生の体調が悪くなり2ヶ月程離島の診療所に行っていたから志織には会えなかった。

島から戻ってすぐに志織を夕食に誘い出して驚いた。
元気がないだけじゃなくやつれたように笑顔もぎこちない。

志織に約束は覚えているかと聞いた。

「覚えてる」
そう言うが、本当に大丈夫なんだろうか。
そんなに辛いのならやめてしまえばいいと言いたくなったが、我慢した。
志織は自分がどうするかを決める時、人任せにしない。自分が納得しなければてこでも動かないから。

その代わり、志織の好きな料理を食べさせた。
お店のメニューにないものもお願いするが、女将は快く提供してくれた。




その頃、俺は教授のオペの助手について欲しいと度々大学病院に呼び出されていて、こっちの病院で志織が香取先生に嫌がらせをされていることを知らずにいた。

その日、また大学病院でオペに入っていた俺に横山から電話があった。
オペが終わり、ヤツからの留守番電話を聞いて驚いた。

「池田先生、藤野がマズいことになってます」

すぐに志織に電話をするが、電源が入っていないらしい。とりあえず、メールをした。
「約束を忘れていない?」

返信が来たのは翌朝だった。
「まだ大丈夫」



志織が泣きながら連絡してきたのはそれから2日後だった。

志織は壊れそうになっていた。
震える身体を抱き寄せるとおとなしく俺の腕の中に収まりしがみつく。

どうしてこんなになるまで我慢したんだと言いたくなった。もっと早くあいつの手なんか離してしまえばよかったのに。
お前のことが守れないような男なんてもっと早くに棄ててしまえばよかったんだよ。

とにかく志織を守らなければ。
どうしても休めない仕事もあったから、北海道にいる姉に連絡した。姉はもともと志織と約束していたから休暇をとっているはずだ。

幼い頃のように俺の布団に潜り込んでしがみついてきた志織の額にキスをして抱きしめてやると、すぐに志織は眠りに落ちていった。

眠りが深くなるのを待って硬い客用布団からベッドに運んだ。軽く頬にキスをして抱きしめて眠った。
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