あなたしか見えないわけじゃない

危険な彼

着任

３年前


３年前、私は横浜にある大規模病院の循環器内科病棟の２年目のナースだった。
もう新人じゃない、でもまだ仕事が上手に回せるわけじゃない。毎日必死だった。

そんな時、都内の有名私立の医大学病院から彼が派遣されてきた。

患者さんの検査や処置が終わり準夜勤務と交代が近づいた頃、彼は循環器内科の部長と共にナースステーションにやってきた。

「来月から異動になります。」

さっとホワイトボードのペンをとり空いているスペースに名前を書いた。

周布　岳（すう　たける）

「珍しい名字で読みにくいと思いますがよろしく」

きゃーと騒ぐ先輩ナース達。

確かに、騒ぎたくなるかも。

医師。当然高収入。高身長。長い足。切れ長の目に通った鼻筋。サラサラと清潔感溢れる短めヘア。
白衣を着ていてもわかるスポーツマン体型。
これぞ、王道。
イケメン王子様系ドクター。

「よろしく」
微笑むとその場にいたナースや事務職員、ヘルパーさんから歓声があがった。
いつも厳しい師長までニコニコしている。

挨拶するとあっという間に部長と出て行った。

２人がいなくなると
「来月からが楽しみ」
「イケメンだったわね」
「彼女いるのかしら？」
先輩達の弾んだ話し声が続く。

私は小さくため息をついた。
調子に乗って一緒に騒ごうものなら、一部の先輩ナースに目を付けられてしまう。

ただでさえ2年上の木村さんには目を付けられて厳しくされているのに。

木村さんに目を付けられた原因はたぶんアレだ。

先月に入院していた505号室の山本さんの息子さん。
私は山本さんを担当したことが無かった。
しかし、山本さんの退院が翌日と決まった日の事だった。

準夜勤務だった私は面会時間が終わりを迎える頃、患者さんたちの消灯準備に追われていた。
カートを押して消灯時の投薬チェックをしていると山本さんの息子さんに声をかけられた。

「あの、ちょっとすみません」

「はい、どうしました？」

「明日、父が退院することになりました。お世話になりました」

先輩達が噂をしていた山本さんの息子さん。確かに格好いい。久しぶりに見るイケメン。20代半ば位かな。初めて近くで顔を見た。

わたしが思わずにっこり微笑むと彼は慌てて私の手に小さく折りたたんだ紙を握らせた。

「え？」
首をかしげると

「後で読んで下さい。今じゃなくて。あのっ！本当にお世話になりました」
そう言ってバタバタと小走りで去って行ってしまった。

どうやらお礼状らしい。
若いのに気を遣うヒトなんだなと思ってその紙をポケットに入れた。
ひと息ついた時間に読もう。