あなたしか見えないわけじゃない
彼は空いている時間は私を側に置きたがった。

日勤が終わると彼の部屋に行く。
彼が遅くなりそうな時は私が部屋で夕食を作っておく。
早い時間なら外食をする。
そして水槽を眺めながら一緒に眠るのだ。

彼は私が深夜2時、3時になることもある勤務の日でも彼の部屋に戻ってくることを望んだ。

そんな深夜に彼を起こしてしまうのは嫌だったから断っていたけど、「キミがいた方がよく眠れるから」と抱き寄せて囁かれたら……断れない。

深夜にそっと彼のベッド行くと、彼が1人で寝ていても必ず右の私のスペースが空いている。
そっと隣に潜り込むと彼の腕が伸びてきて私を抱き締める。
始めの頃は起きているのかと思ったが、どうやら寝ていて無意識でやっているらしい。

彼のぬくもりに安心して身を任せると私にもすぐに深い眠りがやってくる。

目が覚めると彼は出勤した後。
私は簡単に掃除をして彼のワイシャツやスラックスを片手に歩いて帰路につく。
途中のクリーニング店に寄るのだ。

そして自分の部屋に戻り家事をしたり次の勤務に備える。帰宅してシャワーを浴びてすぐ出勤なんてこともざらにある。

彼は若手のドクターで緊急の呼び出しも残業も日常。
かたや私は3交代勤務をこなすナース。
会える時間なんて無理やり作らなければないも同然。
お互い何とか時間を合わせる努力をしていた。

それでも、休日を合わせて海水魚の取り扱いがあるお店に行ったり、水槽の手入れをしたりした。

彼の行きつけの海水魚の専門店にはいつも一緒に行き、長い時間いろいろな水槽を眺めていたから、いつの間にかスタッフさんとも仲良くなっていた。

魚の名前もたくさん覚えたし、彼の水槽にいる同じ種類の魚でも違いがわかるようになったのだ。
それぞれに勝手に名前を付けて呼んでいたら彼は驚いたようだ。

「違いがわかるの?」

「うん、こっちの子は岩に隠れてばかりいるから『カクレ』でこっちはカクレを追いかけたりするいじめっ子だから『ジャイアン』で。あ、この子は餌をあげてもすぐに食べに来ないの。みんなが食べ飽きた頃に遅れてくるから『ノロリン』ね~」

「同じ種類の同じ大きさの魚なのに個体の識別ができることに驚きだけど、キミのそのネーミングセンスの無さにも驚くね」

そう言ってけらけらと笑った。

むぅ-。
「失礼ねっ」

「他の名前も教えてよ」

「いつも探すのに苦労するから『忍者』のぞき始めはいないのにいつの間にか目の前に出て来るこの子は『ギョ』、こっちはふわふわ泳いでるから『タマシイ』でね…」

私の横でお腹を抱えて笑ってるんですけど。

「お、面白すぎ。いつもそんなこと考えて眺めていたの?」
苦しがりながら笑い転げている。

いつもじゃないし。ちょっと笑いすぎだよ。
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