あなたしか見えないわけじゃない
ん……うるさい。何の音よ。眠いのに。
目を閉じたままぼんやりした頭で音のもとを探すと、自分の腕に温かいものが触れる。
ん?これ背中?え!誰か隣で寝ている?布団を頭まですっぽりかぶっていて姿が見えないけど。
ま、まさか洋兄ちゃん……
嫌な汗が吹き出す。
ゆっくりと静かに布団をめくると、
……早川だった。
はぁー、よかったよー。
まさかとは思ったけど。
そういえば、まだ何かうるさい音がする。
ぼんやりした目をこすり周りを見渡すと私のスマホが枕元のテーブルで震えていた。
「もしもし」
「志織、起きたか」
「洋兄ちゃん……おはよ」
「体調はどう?」
優しいいつもの洋兄ちゃんの声にほっとする。
「迷惑かけたよね。途中から覚えてないの。ごめんなさい」
「そうだと思ったよ。今日は午後から仕事だろ。シャワー浴びてしゃんとするんだぞ」
「うん。わかってる。またお礼するね」
「いいよ、木村さんに言わせると妹の世話は兄の役目らしいからね。じゃ、患者さんが待ってるから、またな」
「ありがと。洋兄ちゃんも頑張ってね」
どうやら回診前の時間にわざわざモーニングコールしてくれたらしい。
改めてスマホを見ると、昨夜、るー君からメッセージも届いていた。
『教授に会いに大学に行ったら偶然後輩に会って飲みに行くことにした。今日は部屋に来なくていいよ』
どうせ行けなかったけど。
何だろ、これ。何だか違和感を感じるけど。
今までなら必ず、彼の部屋に戻ってくるように言われていた。昨夜は来るなってことだよね。
今さらだけど、とりあえず返信しておく。
『私も昨夜は酔っていて今メッセージを確認したところ。そっちの飲み会は楽しかった?』
返信しておけば、時間があるときに気が付いてくれるはず。
今日は休みで学会発表の論文をまとめているだろう。
シャワーを浴びたら早川を起こさなきゃ。
でも、どうして早川がここでねてるんだろ。
シャワーから戻ると早川が起きてコーヒーを淹れてくれていた。
昨夜のことを聞くと、洋兄ちゃんが私と早川をここに送ってくれたと言う。
「いくら幼なじみっていったって泥酔した藤野と2人でタクシーに乗って帰ったらあらぬ疑いをかけられたりする可能性もあるでしょ。池田先生は良識のある大人だね。ま、私もへべれけだったんだけど」
「そ、そうか」
洋兄ちゃん、酔っぱらい2人を連れて帰って来てくれたんだ。悪かったな。