あなたしか見えないわけじゃない
洋兄ちゃんの背中で落ち着いた私はあることを思い出した。

「久美さんに連絡してない!」

「ああ、明日から北海道だって?」

「うん、5日間あっちに行ってくる。久美さんと周遊。ん?周遊なのかな?どっかに連れて行ってくれるって言ってたよ。あー、明日の飛行機の時間を連絡するの忘れてた!」

温かい背中から離れて、リビングに置いたバッグの中のスマホを取り出す。
洋兄ちゃんに連絡した後、電源を落としていた。

電源を入れるとたくさん通知が来ていた。不在着信、メッセージ。ほとんどが彼から。
彼を思うとまた、脳裏に香取先生の姿が浮かんだ。
背中がぞわっとして、吐き気がする。

「いやっ!」
思わずスマホをソファーに投げ付けた。

私の声を聞いて洋兄ちゃんがキッチンから戻ってきた。

「志織」

フローリングに座りこんで頭を抱えて震える私に近づいて後ろ抱きにする。

「志織、大丈夫だ。大丈夫だから力を抜いて」

耳元で洋兄ちゃんの優しい声がする。
涙が溢れてきた。
ガタガタと震えながら泣き出す私をしっかりと抱きしめてくれる。

でも、ソファーに投げたスマホが鳴り出した。
電話だ。

「いやっ!」
私は耳をふさぐ。
いやだ、何も聞きたくない。
脈拍は早くなりのどの奥になにかが詰まったように息苦しい。ムカムカと吐き気がする。

洋兄ちゃんはさっと立ち上がりソファーの上に転がるスマホを手に取ると電源を落として、書斎に持って行った。
私の目の届かない場所に置いてくれたんだろう。

すぐに出てきて私を抱き上げソファーに座らせた。
「夏でも床は冷えるからね」

私の隣に座り肩を抱いてくれるけど、それだけじゃ洋兄ちゃんの温もりが足りなくて背中に抱き付いた。

「志織、その体勢は辛くない?」

「うん、大丈夫。洋兄ちゃんは?」

「自分の事だけ考えてろよ」

「洋兄ちゃん、ずっと抱き付いてていい?だから、洋兄ちゃんも楽な体勢にして」

洋兄ちゃんは笑った。
「どれだけだって志織のこと位支えられるよ」

横にいる洋兄ちゃんにもたれかかって私は過呼吸にならないように呼吸を整える。
油断すると頭にあの人のイメージが流れ込んでくるのだ。
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