あなたしか見えないわけじゃない

独立

久しぶりの出勤日。
早めに家を出て、師長のデスクに向かう。

「休暇ありがとうございました。今日からまたがんばります。よろしくお願いします」
頭を下げた。

実際、まだ嫌がらせはあるのかもしれないし、他のスタッフからの視線も気になる。
あれから連絡を取っていないのだから、周先生と香取先生との間がどう進展したのか知らないし、私が知る必要もない。
私はもう周先生の近くにはいないのだから、あんな馬鹿らしい嫌がらせはやめてほしい。あの人の恋人はあなたでいい。
理不尽な嫌がらせなら私は戦うつもり。
そう強い気持ちで出勤した。

「藤野さん、待ってたわ」
師長と主任は笑顔で迎えてくれた。

「ちょっとここじゃなんだから、部長室に行きましょう」
師長に連れられて看護部長室に向かう。

「藤野さんの様子は池田先生から聞いていたから心配していなかったわ」

え?

「あら、驚いた?」
「はい。あの…知りませんでした。」

「池田先生がフォローしてくれていたんでしょ」
「よう…池田先生のお姉さんも一緒にいてくれたので」

「それも聞いてる。よかったわ、頼りになる人がいて」
「はい。本当にそうでした」

看護部長室前に着きノックする。
入室すると、ソファーには看護部長だけでなく、内科部長の木田先生がいた。

私を見てすぐに立ち上がって私に頭を下げた。
「藤野さん、済まなかったね」

え。戸惑う私に師長が
「香取先生が嘘を認めたのよ」と言った。

認めた?

「あなたの担当していた脳外科の鈴木さんの中学生のお嬢さんが見ていたのよ」

師長の話によると、
お見舞いに来た時に香取先生が自分でワゴンを押し倒して自分にぶつけた所を見たけど、女同士のトラブルに巻き込まれるのはイヤだし、たいしたことないと思って黙っていたという。
でも、担当しているはずのナースの私はぴたっと来なくなるし、他のスタッフに聞いたら、あれから仕事に出て来てないと言うから驚いて慌てて師長に目撃したと真相を告げた、とのことだった。

師長から内科部長と看護部長に報告をして、香取先生を内科部長が問い詰めたところ、最初は否定したものの認めた。
そして、出してもいない指示を私が受けてなかったとかしていないミスをしたように言ったことも認めたという。
『藤野志織が嫌いだった』と泣き叫んで。

「うちの医局員が迷惑をかけて本当に申し訳なかった」

何度も繰り返す内科部長にこちらが申し訳なくなる。

「やめて下さい。木田先生が悪いわけじゃありません」
私は木田先生の態度におろおろとした。
こんな私にこんなに頭を下げなくてもいい。

「香取先生は藤野さんのこと、嫉妬してたのよ。だって、あなた誰に聞いても評判がいいから」
看護部長が言った。
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