あなたしか見えないわけじゃない
対峙する意味
離島に来てから8ヶ月が経過していた。
私は1人で訪問看護を任されたり、健康相談に漁港や農協を中心に回ったりと毎日忙しい。
そんな頃、早川から木村さんの送別会の連絡がきた。
木村さんからも直接連絡をもらった。
「アンタ、私の送別会に来ないなんてあり得ないからね。わかってるでしょうね」
木村さんらしい。
木村さんは妊娠がわかって大事を取って退職する。
結婚から9年目の妊娠だ。ご主人は毎日はしゃいでいるらしい。
これから結婚発表もするというからマスコミは大騒ぎになりそうだ。独身だと思われていたイケメンピアニストが実はハタチで幼なじみと結婚していたのだから。
休暇をもらって横浜に戻った。
戻るといっても私はアパートも引き払っていたから、泊まるのは洋兄ちゃんの所。
今夜の送別会は循環器の病棟主催のものではなく、院内のごく親しい人だけのものと聞いていた。
正直な所、周布先生には会いたくないし、三村先生と顔を合わせるのもためらわれる。
ドクターは来ないと聞いていたから安心して会場になっているレストランに向かった。
「藤野~!久しぶり!」
「早川っ」
ハイタッチからのハグで再会を喜ぶ。
背後から声がする。
「アンタずいぶんと日焼けして。元気そうね」
「木村さん!」
そこにはややお腹がふっくらとした木村さんが笑顔で立っていた。
「うわぁ、本当に妊婦だ」
「そうよ。すごいでしょ。ここにニンゲンが入っているのよ」
お腹をさすって笑った。
はぁー、木村さん、もうお母さんだ。表情が以前より明らかに柔らかくなっている。
「あの木村さんがお母さん」思わず口にすると
「あのって何よ、『あの』って」と怒り口調でも笑っていた。
許可をもらってお腹を触らせてもらう。
本当に、本当に少し膨らんでいる。
ニマニマしながらさすっていると
「アンタも今すぐ妊娠すればうちの子と同級生を生めるわよ」
と恐ろしい事を言い出した。
「残念ながら、相手がいません」
「島の漁師のおじさんとか役場の職員のおじさんとか農家のおじさんとかいるでしょ。独身なら何でもいいじゃない。お金があればじいさんだって」
おい、おい、何で金持ちのじいさんやおじさんですか。
「何でもいいわけナイじゃないですか。それに何でおじさん限定なんですか。島には若い人も結構いますよ」
「いるの?」
「漁師さんは近くの他の島からも診療所に来るし、学校の先生は若手が本土から数年間派遣されるんです。だから、20代ですよ。役場だって県からの派遣だし」
「へぇー。じゃ、その中から探しなさいよ」
「だから、どうして島の男限定なんですか」
木村さんとの相変わらずの会話に笑えてくる。
この感じ、懐かしい。