あなたしか見えないわけじゃない
主賓の木村さんは妊婦だということもあり、2次会は無かった。
私も早川や先輩達に引き続き飲みに行こうと誘われたけどお断りした。

今夜、洋兄ちゃんは長時間のオペの予定が入っていて、帰宅は深夜近くになるはずだ。
私は先にマンションに戻って夜食を作って洋兄ちゃんの帰りを待っていてあげたい。

早川とは明日昼にまた会う約束をしていたし。


店の前で次の店に向かうみんなと別れて駅に向かおうと歩き出してすぐだった。
「藤野」

ガードレールに腰掛けるようにしてそこにいたのは。
「周布先生…」

思わず一歩後退る。

「待って、逃げないで」

その声でハッとする。そうだ、私は避けたり逃げたりする必要なんてない。

ふぅっと軽く息を吐いて、スッと背筋を伸ばす。
久美さん直伝のあの笑顔を見せた。
「お久しぶりです。周布先生」

10ヶ月振りに見る周布先生は相変わらずイケメンだ。
周りを歩いている女性がチラチラと視線を送っている。

「藤野、話がしたい。時間をくれないか。キミが今日ここに来ると聞いて、待っていたんだ」
いつもの自信に溢れて強引な話し方ではなかった。

今さら何の話?
私の表情を見て拒絶されると思ったのだろう。

「お願いだ。話をさせてくれないか。キミが一方的に出て行ってしまってから俺は何の話もさせてもらっていない。そのままキミはいなくなってしまったし」
周布先生は眉間にしわを寄せて訴えてきた。

確かにそうだ。
あの時の私は彼を避けて拒絶し離れる事しか考えていなかったから。
私なりに別れの挨拶はしたけれど。

「あまり長い時間はお断りします」
笑顔はなしで口角を軽く上げて答えた。





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