あなたしか見えないわけじゃない
新しい道

選択

翌日、洋兄ちゃんは定時を1時間過ぎた位で帰宅してきてくれた。オペがない日とはいえ、こんな早くに帰宅して大丈夫だったのかなと心配になったりする。

私は明日の昼の飛行機でまた離島に戻る。
洋兄ちゃんは明日も仕事だから、明日の朝食を一緒に食べたらまたしばらく会えない。

「今夜はお酒も許可」
赤ワインを買って来てくれていた。
度重なるお酒の席での私の失態に洋兄ちゃんから乾杯以外の飲酒は禁止にされていたから、じっくり飲むのは久しぶり。

確か、島の若者たちとの歓迎会以来。
あの日も記憶を無くし、気が付いたら自宅のお布団。
やはり、洋兄ちゃんのおんぶで帰って来たみたい。

でも、
今夜は酔う前に私の決意を話さなきゃ。

「洋兄ちゃん。あ、あのね。これからの事なんだけど」
ああ、もう口の中がからから。
緊張してどきどきする。

その時だった。
携帯電話が鳴った。
洋兄ちゃんの仕事用の電話。

2人で一瞬顔を見合わせる。
洋兄ちゃんは申し訳なさそうな顔をして電話を取った。

「はい、池田です」




電話はもちろん病院からで、緊急呼び出しの要請だった。

「今日は呼び出し当番じゃなかったんだけど、どうにも手が足りないらしい。志織、ごめんな」

洋兄ちゃんはため息をつきながら、着替えのために寝室に入って行く。

「いいよ、洋兄ちゃん。気にしないで、お仕事だもん。いつものこと」
寝室に向かって声をかける。
洋ちゃんはすぐに出てきて私の顔を見た。

「ホントにごめんな」

「そんなにすまなそうな顔しなくてもいいのにー」と笑って見せると、私の両肩に手を乗せた。

「志織、できるだけ早く帰ってくるようにするけど、どうなるかわからない。もしかしたら、明日の朝までかかるかもしれない」

「うん、わかってる」

「ご飯も寝るのも待たなくていいからな」

「うん、大丈夫だから。わかってるから心配いらないよ。洋兄ちゃんこそそんなにどうしたの?変だよ?」

今までだって一緒にいて何度も呼び出しがあった。これが私達の普通なのに。

「はい、お仕事頑張ってね!」
私は『いってらっしゃい』の意味を込めてぎゅっと一瞬ハグして離れた。

すると、私の頭を軽く撫でて
「志織、これからどうするの?」
と優しい声で聞いてきた。

え、時間がないけど、今話す?
どうしよう。

私の困った顔を見て「気になるけど、時間がないもんな。また帰ってから聞くよ」と私の頭をぽんぽんとした。

「ん。いってらっしゃい。気を付けてね」

「ああ。志織もしっかり戸締まりして。本当にごめんな」

「もー、洋兄ちゃんったら。気にしすぎだよ。はい、行って、行って。患者さんが待ってるよ」
洋兄ちゃんの背中を押し出した。
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