王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
*


 初めて馬車に乗ったあの日。

 街に行くまでの道を覚えていたのは最初だけ。

 途中からあまりの気分の悪さに、窓の外を見ていなかったことを思い出して、マリーの足取りは重くなった。

 屋敷を飛び出してから、どのくらい歩いたのだろうか。

 延々と広がる農場や田畑を真っ直ぐに抜けた頃には、太陽は赤みを帯び始めていた。

 振り返り見た遠くの方には、影を蓄えた木々が山のたもとにはびこっている。

 気持ちのままに出てきたのはよかったものの、来た道の向こうにはすでに屋敷は見えなくなっていて、人けのない心細さにくじけそうになった。

 タリナの街並みを目前にしたところで、マリーはついに立ち止まってしまった。

 次第に増えてきた建物の間を、何本もの石畳の道があちこちに分かれて伸びている。

 赤茶の三角屋根が載っている白壁の建物は、三階にも四階にも造られていて、それが何軒も密集している街並みはマリーを圧倒し、愕然とさせた。
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