王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 誰かにウィルのことを尋ねればいいのだろうけれど、なかなか目を合わせてくれない街の人に声をかけづらい。

 それに、尋ねようにも彼の本名も知らないことに気がついて、とても悲しくなった。


 ……もしかして私、ウィルのこと何も知らないの……?


 今までたくさんのことをマリーに教えてくれたウィル。

 昔からマリーの胸をときめかせ続けてくれた彼に、会いたくても辿り着けない自分の情けなさに涙が滲んできた。

 傾いた太陽に照らされ、赤みがかってきた建物が滲む涙で輪郭をなくしていく。

 街の入り口で立ち止まったまま、彼に会いたいという衝動だけでここまで来てしまった自分の浅はかさを後悔した。

 『必ずまた会いに来る』と言っていた彼を信じて、大人しく待っていればよかったのかもしれない。

 だけどそのままじっとしてはいられないほど、マリーは彼に会いたくて仕方なかった。
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