王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「お嬢様……ようやく十六の齢を迎えられたのです。ああいう不審な者との接触は、もうお控えくださいませ」


 呆れた溜め息を吐きながら、屋敷のワイン色の絨毯をせかせかと進むエレン。

 前を向いたままの彼女を小走りで追いかけるマリーは、いつになく神妙な声音に諫められる。


「もうじき、社交界へも招待されることになります。あのような輩と親交されているなどと知られては、イベール家の沽券にも関わることでごさいます。
 伯爵家の令嬢として、初いお心と清らかなお姿でいていただかなくては、大公爵様のお眼鏡に適う淑女には到底及びませんよ?」


 いつものお小言をちくちくと宣うエレンに、マリーは返事もせずにしゅんとうつむく。

 マリーはただただ、裏庭に残してきた彼のことが気がかりで、たたずむ彼の姿を思い起こした。


 きっと、ウィルもいい気はしなかったに違いないわ……


 それに、まもなく足を運ぶことになる社交界のことを思うと、憂鬱に拍車が掛かるようだった。

 ウィルとの楽しい時間が儚く消え去り、重い気持ちを抱えながら、マリーは母を出迎えに屋敷の正面玄関へと向かった。



< 14 / 239 >

この作品をシェア

pagetop