王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 ……ウィルは本当に、王太子様だったのね……。


 決して信用していなかったわけではない。

 ただもし、仮にそれが彼の冗談なのだとしたら、また今までのような日々を取り戻せるかもしれないと思っていた。

 イベール邸の裏庭で楽しく話ができるあの時間は、今は霞むように儚い。


「……これまでに培ってきた英知を活かし、王族としての自覚を持って、責務に全力で邁進することをーー……」


 成人を迎えたウィルが、バークレー国国王陛下からその証である黄金の聖杯を受け取る。

 ひざまずき国王の前でこうべを垂れて、粛々と口上を述べた。


 ――――『愛しているよマリー』


 真っ直ぐなサファイア色の眼差しをマリーに向け、想いを伝えてくれた声音と同じものが、マリーの鼓膜を震わせる。

 けれど、広い大聖堂に響くその声は、あのときの囁きとは違い、遥か遠い存在であることを知らしめるものだった。

 招待客の方へと振り返ってくる王太子殿下が聖杯を掲げてみせると、聖堂には割れんばかりの称賛の拍手が鳴り響いた。
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