王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「私は貴方様との婚約に反発などしていないのに……あの場であんなふうに見せつけるようなことをせずともよかったのではありませんか?」

「あの場でなければいけなかったのだよ、マリー。周囲からの信頼は少しでも少ない方がいい。今後の国政のためにはな」


 マリーの髪を一束掬うフレイザーの手から、さっと身をかわす。

 先程マリーに打たれたことなど忘れてしまったかのように、はらりと落ちた髪を追う視線はいやらしく、嫌悪を抱いた。


「フレイザー様、貴方は一体……」


 フレイザーはほくそ笑むだけで、怪訝に見つめるマリーに何も答えない。


「私のことを気に入ったからというのは、婚約の理由ではないのですね?」


 引く手数多の大公爵が、片田舎の伯爵令嬢ごときを花嫁にしたいなどと、そもそもおかしな話だったのだ。

 美しい女性なら他にたくさんいるはずで、フレイザーの瞳の色を見てもマリーに惚れたような気配など微塵も感じたことはなかった。
< 170 / 239 >

この作品をシェア

pagetop