王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「だとしたらどうなんだ?
 ここで私との婚約を拒否し、王太子の元にでも駆け寄るか?
 そうしたいならするといい。殿下の体裁が悪くなるばかりだろうがな」


 ウィルの体裁をこの場で崩すことがフレイザーの目的だったのだと、マリーは目を丸くする。

 フレイザーは、ウィルの素直過ぎる性格をわかった上で、彼の目の前でわざとマリーをいいように扱ったのだ。

 フレイザーのいやらしさに嫌悪を膨らませていると、「フレイザー様」と呼ぶ淑やかな声音が、広間の明かりの届かないところから聴こえてきた。

 声のした方へ目を向けると、暗がりの中からひとりの見知らぬ女性が現れ、フレイザーに歩み寄ってくる。


「今宵は我が屋敷にお前を連れ帰ろうと思っていたが、急用ができた」


 薄紫色の落ち着いたデザインのドレスを着た女性は、マリーの方をちらりと見やるものの、さして興味はないようにフレイザーにしなだれかかった。

 あれだけのことをしておきながら、あっさりと別の女性を抱き寄せ、マリーに触れるそれとは違い、優しく彼女の頭を撫でるフレイザー。

 そこに嫉妬など生まれるはずもない。


「せいぜい、殿下の幸せでも祈っていることだな、マリーアンジュ」


 ウィルに伝えた言葉を小馬鹿にし、マリーへの興味など微塵も残っていないらしい黒い背中を睨みつけて、マリーは口唇を噛みしめた。
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